こんにちは、最近は意識的にスマホ以外を見るようにしている大矢根です。

「見る時間」を少しだけ好きになってもらえたら嬉しいなと思って書きました。

その場所の時間に想いを馳せる

新幹線に乗りました。
車両の名前は「はやぶさ」。その名を冠する鳥と同じように、最高速は320km/hに達します。

新幹線はいくつかのトンネルを挟んで人里と人里をつなぎます。
そんな景色を見ていると、いくつか気付くことがあります。

新幹線が駅から滑り出すと、すぐに建物の高さが下がりはじめ、灰色のコンクリートで埋まっていた地面は徐々に緑の水田へとその比率を明け渡し始めます。

地平線の果てまで水田が続く、なんてことなく、視界に映る田畑は例外なく里山が隆起し始める場所を境目に終わっています。
瓦屋根の集まりを取り囲む水田と、おそらく家々の大黒柱を切り出してきたであろう里山を見るたび、いかに日本の先人が平地を探して歩き回り、わずかな盆地を切り拓いて村落を形成してきたのかを思い知ることができます。

視界の果てにかすむ、山の稜線に点在する高圧電線の鉄塔と、その山を穿つトンネルが、この町と隣町を結ぶ限られた文明の灯です。
故郷を捨てて山を切り拓き、山に隔てられた村落に人生を捧げた人々が、確かにそこに居たのでしょう。

そんな想いを巡らせる時間は320km/hで飛び去り、新幹線は次のトンネルに飛び込みます。
轟音に耳が慣れるころ、車窓は次の村を僕の前に連れてきます。

近場の山に早めの夕陽が沈むと、車窓から見える湾の向こう側には連なる山の遠近が霞の濃淡で描き分けられるようになります。

新幹線から水墨画を見るように景色を観察していると、まるで自分だけが世界の主人公であるかのような錯覚を覚えます。
遠景の山のふもとに滲んで見える街の明かりを、十把一絡げに自分と対置して「彼ら」と呼びたくなったりするのです。

新幹線が大きな川を渡るとき、並行する自動車用の橋をわたる一台の軽自動車を追い越しました。
僕は目がいいもので、車内の女性が後部座席の少年に何かを大声で言っていることがわかりました。

同時に、一瞥した限りでも、彼女と少年は、自分こそが人生の主人公であることを信じているように見えました。
僕が320km/hで通り過ぎる一瞬に見た場所と人々は、まぎれもなく誰かの故郷であり、そこに生きる人の人生そのものなのです。

と、こんな話をすると、多くの人に共感してもらえますし、「どんなに知らない町も誰かの故郷」という事実に「エモい」という反応をしてもらえることが多くあります。

では、なぜ「誰かの故郷」は「エモい」のでしょうか。

そして、スマホの外に

知らない誰かの故郷を思う行為が多くの人の琴線に触れるのは、きっと誰しも無意識のうちに最も失いたくない場所や時間を心の奥に眠らせているからではないでしょうか。

僕は東京都の郊外で生まれ、千葉で育ち、また東京郊外で小学校の前半を送り、海外で小学校の後半を過ごし、それ以降は東京や埼玉を転々としてきたので、「地元愛」みたいなものを向ける地理的な座標がありません。
とはいえ地元愛が具体的な地名に紐づいていないことは、誰かの生活に想いを馳せられないことを意味しませんでした。

実際に僕は行く先々の町で出会ったり、見知った人の人生、それも全く毛色の違う人生を歩んできた人が見せる人生の断片に共感してきました。

誰かの生活を見て浮かぶ「特別な時間なのだろう」という憶測こそが共感であり、心の奥底に抱えた特別な時間の記憶を引き出す合鍵になっているのではないかと思います。

時間と場所は記憶の中で不可分であり、その片方を思い浮かべるとき、もう片方はいやおうなしに引きずり出されてしまう性質を持っているのではないでしょうか。

ともすれば見知らぬ誰かの人生の断片に触れたとき、時間と場所がセットになった記憶の引き出しが開くことにも納得できます。
誰かの時間に、自分の大切な時間の何かが共鳴すれば、それだけで場所、体験、感情が同時に湧き上がってくるのです。

僕は軽自動車の親子(?)に共鳴する記憶があったのだと思います。

こんな共感と、ちょっとした記憶をたどる経験はスマホの外側にあります。

運転中は控えてほしいですが、電車に乗るときやクルマに乗るとき、少しだけ窓の外に想いを馳せてみてはいかがでしょうか?

「あ、すてきだな」「行ってみたいな」と思う景色に出会えるかもしれませんよ。なんて、ありきたりすぎでしょうか。